野球

【激変】人的補償で人生を変えた男たち4人を紹介!

人的補償。

 

 

人的保証。それは自チームの選手がFA宣言によって他チームに移籍したとき戦力低下の補償として、移籍先の球団がプロテクトした28人以外の選手を1人選んで獲得することで、これまで多くの選手がチームを移籍してきました。

中にはFAで入団した選手が人的補償で移籍したり、移籍先のチームで、大きく才能が花開き、レギュラーに定着した選手もいます。

そこで一つの疑問が生じました。

人的補償で他球団に移籍し飛躍を遂げた選手は一体誰なのか?

というわけで今回の動画は

人的補償で飛躍した男たちを紹介したいと思い

すます。

野球中継を見るような感覚でご覧ください!

ではどうぞ!

 

選考基準

 

今回紹介する選手は主観による偏った評価を避け、公平を期するために

里崎チャンネルのスカウト編成能力チェックシリーズで使われていた里崎指数をつかい、移籍してランクが上がった選手を4人紹介します。

里崎指数のくわしい評価基準はこちらの動画で説明しているので興味ある方はぜひ

 

1人目

赤松真人 新井貴浩の人的補償で阪神から広島に移籍。評価無印→S

ドラフト6巡目で阪神タイガースに入団。

阪神時代は1年目から2軍で首位打者や盗塁王などタイトルを総なめしましたが、当時の阪神の外野陣は不動の4番だった金本がレフト、平成No. 1盗塁王の赤星がセンターを守っていて、ライトは濱中、桧山といった実績のある面々がおり、非常に層が厚かったので、1軍での出場はわすが2試合にとどまりました。

今の阪神だったら即スタメンでしょうね。

2年目以降も2軍では活躍しますが1軍では中々試合に出られない日々が続き、2007年オフ。阪神にFA移籍した新井貴浩の人的補償で広島に入団しました。

 

2008年

開幕は右肩のケガのため出遅れますが、合流してからはスタメンで起用され、4月29日にはプロ初ホームランを初回先頭打者ホームランで飾りました。

この年は若手の左打者天谷と併用され、前年を大きく上回る125試合に出場、7本、12盗塁をマーク、

プロ入り始めて年間通して1軍に帯同しました。

 

2009年は初の開幕スタメンを勝ち取り、レギュラーに定着。

オールスターではファン投票で初選出され、シーズン通して初の規定打席に到達。

得点圏打率も3割を超え、勝負強さを発揮し、43打点をマークしました。

 

2010年はスタメン出場こそ減りますが、一時は打撃好調で7月には3番を任されるなど活躍。打率.285 自己最高の20盗塁をマークしました。

またこの年は守備面でも大きく注目を集め、8月4日の横浜戦。村田修一が放った左中間のホームラン性の打球をフェンスによじ登りキャッチ。

このプレーの映像は瞬く間に全世界中に拡散され、アメリカのスポーツチャンネルESPNでは全世界のあらゆるスポーツの中から選ばれるその週の「トップ10」にて赤松のこのプレーが1位で選出されるなど大きく取り上げられました。このように持ち前の脚力を生かした守備力が評価され、オフには自身初のタイトルであるゴールデングラブ賞を受賞しました。

 

2011年以降は控えに周り、代走、守備要員としてチームを支え、

2016年には広島の優勝に貢献しました。

そして同年シーズンオフ

人間ドックを受信したところ、初期の胃癌が発見され、2017年の1月5日に胃の半分を摘出する手術を受けるも、その後癌を細胞のリンパ節へ転移していることが判明。早期の復帰を果たすため赤松は副作用の強い抗がん剤治療選択し、癌と戦い続けました。

その結果7月には3軍練習へ合流。

チームの優勝を目前に控えた9月14日からは1軍に帯同し、18日に広島は優勝を果たし、赤松は歓喜の輪に加わりました。

 

その後は引退試合まで1軍での出場はありませんでしたが、プロ野球ファンそしてガンと戦う人たちに大きな勇気と希望を与え、2019年に現役を引退しました。

 

2人目

福地寿樹 評価B→SS

石井一久の人的補償で西武からヤクルトに移籍。

 

93年ドラフト4巡目で広島に入団。

代走・守備のスペシャリストとして試合に出場。2005年シーズンオフに西武にトレード移籍。すると人生初のヒーローインタビューを受けるなど持ち前の足に加えて課題のバッティングでも結果を残し、06は91試合に出場し、打率.289 25盗塁 07年は117試合で打率.273 28盗塁をマークし選手としてステップアップした後、07年オフ石井一久の人的補償でヤクルトに移籍。

ヤクルトに移籍後は1番打者に定着して初の規定打席に到達。打率.320 9本塁打 61打点とキャリアハイの成績を残し、42盗塁で初のタイトル盗塁王に輝きました。

2年目も42盗塁をマークし、2年連続盗塁王を獲得。

その後は控えに周り、代走、守備固め要員としてチームを支え、2012年に現役引退となりました。

福地選手はトレードで飛躍した選手としてこちらの動画でも取り上げさせてもらっています。

福地選手を含めてトレードで人生を変えた選手を10人紹介していますので興味のある方はぜひご覧ください。

 

3人目

高宮和也

平野恵一の人的補償でオリックスから阪神に移籍。ランクは無印→B

2005年希望入団枠で横浜に入団するも期待を裏切る不甲斐ないピッチングが続き、

特に2007年オリックス戦でワンアウトも取れずに大乱調となったときは実況をしていた椎野茂アナウンサーが激怒。今すぐ荷物をまとめて横須賀に行け。水差し野郎と酷評され、話題となりました。

当時の音声がこちら。

その後もサイドスローに転向するなど試行錯誤を繰り返しますが、結果を出すことができず、2010年オフ、オリックスにトレード。

2011年当時のオリックスの岡田彰布監督に勧められ再びオーバースローに転向。同年20試合に登板、翌年は1試合の登板に終わり、

2012年オフ。

FAでオリックスに移籍してきた平野恵一の人的補償で阪神に入団。

移籍一年目は1試合のみの登板となりましたが、翌年の2014年5月に一軍に昇格すると左のワンポイントとして活躍。22試合に登板し、防御率2.98と安定した成績を収めました。

特に巨人とのCSでは対阿部慎之助のワンポイントリリーフとして3戦連続で対戦。見事に無安打2奪三振を奪い、チームの日本シリーズ進出に貢献。高宮は阿部キラーといわれ、賞賛されました。

そして2015年。

開幕直後から1軍に帯同し、対左の貴重なワンポイントリリーフとして自己最多の52試合に登板。防御率3.02 チーム3位の10ホールドポイントをマークしキャリアハイのシーズンとなりました。

翌年からは左の高橋聡文が移籍してきたこと、自身の不振も重なり、登板機会が減少。17年に現役引退となりました。

 

4人目

一岡竜司

大竹寛の人的補償で巨人から広島に移籍。

無印やBB

2011年ドラフト3位で巨人に入団。

巨人時代の2年間で13試合の登板にとどまり、2013年オフ広島から巨人にFA移籍してきた大竹寛の人的補償で広島に移籍。

すると移籍一年目から開幕1軍入りして、勝ちパターンの一角を担い、好投を連発。3月29日にはプロ入り初ホールド。5月25日にはプロ入り初セーブを記録しました。

またこの年のオールスターにはファン投票で初選出されました。

後半戦は右肩痛のため戦線離脱しましたが、最終的に31試合に登板。防御率0.58と圧倒的な成績を残しました。その活躍ぶりは、一岡がFAで広島に、大竹が人的補償で巨人に飛ばされたと揶揄されるほどでした。

 

翌15年は38試合に登板し防御率4.14とやや精彩を欠き、16年も右腕の負傷で出遅れたものの、交流戦から復帰。途中で右肩検査のため抹消されるも1軍では27試合に登板。防御率1.82と安定したピッチングを披露し、広島の25年ぶりの優勝に貢献した。

17年は4月後半からチームに合流し、年間通して活躍。自己最多の59試合に登板。防御率1.95 19ホールドを挙げチームの2連覇に大きく貢献。

 

18年も前年に引き続き59試合に登板。防御率2.88 18ホールドを挙げチームの3連覇に大きく貢献しました。

 

2019年はこれまでと一転。防御率は悪くないものの、安定性に欠き、1軍2軍を行ったり来たりする日々を送り、20年も復調とはいかず、19試合に登板。防御率6.23でシーズンを終えました。

 

というわけで今回は以上となります。

 

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